2004年10月 5日

そして塩漬け旗艦ファンドの行方は?

前回のエントリに続き、「日経マネー」2004/11号の「あの金融商品はいま」という記事について。以前このブログのエントリでも野村證券の旗艦ファンドの失敗について書きましたが、この日経マネーの記事でも旗艦ファンドについて触れています。

1998年頃から投資信託の一時的なブームが発生して、超大型の投資信託がいくつか設定されました。まずはなぜその時代に超大型の投資信託が設定されたのか。

'90年代後半から'00年前半にかけて、高金利郵便貯金の満期の受け皿商品として、投信運用会社各社は大型の日本株投信を相次ぎ設定。各社のトップ・ファンドマネジャーが運用に携わったため、「旗艦ファンド」と呼ばれた。

旗艦ファンドと呼ばれた理由は、単に集めた金額が大きかっただけでなく、トップ・ファンドマネージャが運用していたからだったのですね。しかも、バブル時代の高金利郵便貯金の満期と、低迷していた日本株に反発の兆しが見えてきたことがうまく重なったために、巨額のお金を集めやすかったのでしょう。主な旗艦ファンドは、「ノムラ日本株戦略ファンド(野村)」「日興ジャパンオープン(日興)」「アクティブ・ニッポン(大和)」の3本。

しかし、日本株はアテがはずれてそこからさらに低迷を続けてしまい、旗艦ファンドはそれ以上に低迷するわけです。その原因とは。

しかしその後、株式相場の低迷から、基準価格は下がる一方。ベンチマークとする東証株価指数(TOPIX)の下落率以上に、ほとんどの旗艦ファンドが値下がりしている状況だ。 なぜズルズルと基準価格が下がってしまったのか。ITバブル崩壊以降の株価急落も原因だが、フィナンシャル・プランナーの浅井秀一さんは「メガファンド自体が、構造的にこういう宿命を背負っている」と分析する。 運用する側は設定時に巨額のおカネを集めた上に「この銘柄を買う」と手の内を明かさなければならない。ほかの市場参加者にすると「確実に上がる」銘柄が分かっていてそれを買わない手はない。その結果、運用開始後に組み入れ銘柄が売られ、基準価格下落につながったというわけだ。

長い引用になりました。投資信託である以上「こんな銘柄を中心に買いますので、よろしく」といって販売するのは当然ですが、それが逆に自分の首を絞めているわけです。最初から失敗することが仕組まれていたようなものですね。なぜ投資のプロである証券会社や運用会社は、このことに気づかなかったのでしょうか。

いや、気が付いていたとしても、「メガファンドを売って儲ける」ということが優先されたのかもしれません。われわれ投資家は、そのための高い勉強代を払わされたということでしょう。この教訓を忘れてはいけないと思います。

旗艦ファンドは今後どうなるのでしょうか。記事中のフィナンシャル・プランナー神戸孝氏のコメントを引用。

「投信の基本は長期保有とはいえ、この種のファンドの信託報酬などのコストは1%台後半とおしなべて高め。コストの高さと運用成績のバランスを考えた上でファンドの乗り換えを検討することも重要」

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