2008年12月25日
高いリスクこそが破壊的な結果をもたらすのではないか
TOPIXを20年保有しつづけても、元本割れリスクが30%もあるというのが前回のシミュレーションの結果でした。今回は別のインデックスでシミュレーションしてみましょう。
まず外国株式でシミュレーションしたらどうなるでしょうか。今回も前回同様に、厚生年金と国民年金を運用している年金積立金管理運用独立行政法人が発表しているリスクとリターンを基にシミュレーションしてみましょう。
外国株式(恐らくはMSCIコクサイ指数)の期待リターンは5%、リスクは19.59%です。TOPIXの期待リターンは4.80%、リスクは22.15%でしたから、外国株式はリターンはやや高く、リスクはやや低くなっています(さすがは国際分散投資ですね)。さっそく、この外国株式の期待リターンとリスクを基に3000回のシミュレーションを繰り返した結果が下記です(対数正規分布に従うと仮定)。ばらつきのグラフを見てみましょう。
グラフを見ても横軸で1以下の部分の割合がそれなりに高く見えるので、元本割れの可能性がそれなりにありそうですね。シミュレーションの結果では、20年目のリターンの平均は2.57、標準偏差は2.333でした。これが対数正規分布に従うと仮定すると、計算によって元本割れする確率(結果が1以下になる確率)、複利に追いつかない確率を次のExcel関数で計算することができます。
=lognormdist(値,平均,標準偏差)
(ただし平均と標準偏差は対数正規分布用に変換した値)
結果は以下です。
元本割れする確率:20.18%
複利に追いつかない確率:66.0%
ふむ。外国株式を20年保有しても、元本割れする確率が20%あるのですね。しかしTOPIXの元本割れの確率は30%でしたから、それよりもましです。
では、リスクをもっと減らしたポートフォリオでシミュレーションしたらどうなるでしょうか。僕が作ったアセットアロケーション分析 ~ 投資信託のガイド|ファンドの海」を用いて、国内債券、国内株式、外国債券、外国株式をまったく同じ割合にしたシンプルなポートフォリオを分析してみると、期待リターンが4.08%、リスク9.61%になります。
TOPIXの期待リターンが4.80%、リスクが22.15%。外国株式のリターンが5.0%、リスクが19.59%ですから、このポートフォリオはそれよりわずかにリターンが低いだけでリスクが半分になっています。このポートフォリオで同じように3000回シミュレーションをしました。
まずは結果のグラフをみてください(3000回のシミュレーションのうち任意の256回分のグラフ)。こんなに落ち着いたグラフははじめてみました。20年目をみても、極端に増えたケースはなく、どれも一定の幅に落ち着いているようです。
そしてこれがばらつきのグラフ。20年目のグラフをご注目ください! ピークは1.8あたりにあって、1以下になる元本割れのリスクは圧倒的に少なくなっています。。
これまで何度もシミュレーションをしてきましたが、グラフのピークが徐々に右寄りになっていくのは始めてみました。これが低リスクの威力なのでしょうか。
シミュレーションの結果、20年目のリターンの平均は2.236、標準偏差は0.939でした。これが対数正規分布に従うと仮定して元本割れの確率を計算してみると。
元本割れする確率:3.63%
複利に追いつかない確率:57.5%
元本割れする確率が劇的に減っています!
外国株式のグラフと、このポートフォリオのグラフを並べて比べてみてください。下が期待リターン5%の外国株式ですが、グラフのピークは1あたりにあります。つまり元本から増えない確率が高い、ということです。ところが期待リターン4%の、上のポートフォリオのグラフでは、ピークが1.8あたりにあり、1を下回る部分がほとんどありません。つまり元本割れや元本から増えない可能性は非常に低く、1.8倍くらいに増える確率がいちばん高い、ということがいえるのです。
つまり、期待リターンが高いからといって、長期で高いリターンになる確率も高い、とはいえない結果になりました。
これは、わずかでも高いリターンを求めて高いリスクを負うと、長期ではリスクが積み重なって悲惨な結末になる確率が加速度的に高まる、ということを示しているのではないでしょうか。もちろん、リスクを低くしても相変わらず複利に追いつく確率は半数以下ではありますが、それでも良い結果を得られる確率はぐっと高まっています。
僕たちはつい期待リターンの大小を最初に気にしがちですが、しかし1%リターンを低く見積もる代わりにリスクを半分以下に押さえ込めれば、これだけ結果が変わってくることがシミュレーションで分かりました。長期投資家であればあるほど、まずはリスクの大小をこそ気にしなければならないのかもしれません。その手段としてアセットアロケーションが重要、ということを再認識しました。
さて。長期投資の謎を追求してきた長い長い旅も、この辺でひとくぎりです。次回はまとめ。
このテーマの記事一覧
第1話:緊急調査:株式投資に複利効果はあるのか?
第2話:再考:株式投資に複利効果はあるのか?
第3話:改題:投資信託の長期投資は複利なのか?
第4話:追求:投資信託の長期投資は複利なのか?
第5話:さらに追求:投資信託の長期投資は複利なのか?
第6話:中間報告:投資信託の長期投資は複利なのか?
第7話:どうやって投資信託の値動きのシミュレーションをしたのか
第8話:長期保有の値動きシミュレーションを公式化してみよう
第9話:投資信託を長期保有したら複利になるのか、の参考文献
第10話:投資信託を長期保有したらどうなるか、20年分のシミュレーション
第11話:その投資信託のN年後のリスクを計算する方法(概算で)
第12話:続:その投資信託のN年後のリスクを計算する方法(概算で)
第13話:投資信託のリターンは対数正規分布に従うらしい、けど厳密には違うらしい
第14話:リスクがあるとき、複利はひとり勝ちを生む
第15話:TOPIXを20年保有したシミュレーション。元本割れの確率は?
第16話:高いリスクこそが破壊的な結果をもたらすのではないか
第17話:まとめ:長期保有のリスクとリターンについて分かったこと(前編)
第18話:まとめ:もしくは再検討の予告
[関連カテゴリ]
・ 6.投資方法・ドルコスト平均法
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≫次 : まとめ:長期保有のリスクとリターンについて分かったこと(前編)
≪前 : TOPIXを20年保有したシミュレーション。元本割れの確率は?
株式を20年保有したときの元本割れ確率が20%〜30%? [ホンネの資産運用セミナーから]
羊雲 (2008/12/25 23:52:06)
イーノさん お疲れ様でした。
最初の質問者として、その後の展開には殆ど感動に近い感情を覚えました。多くの方にとって有意義で、啓発的な問題定義になったのではないかと思います。
心より敬意を表したいと存じます。
今回の検討結果から…
標準偏差(リスク)の大きいセットアロケーションは、長期投資(バイアンドホールド)には適さない…ということですね。
標準偏差9.61%のケースでも、複利の利回りを割り込む確率が5割以上ということになると、投資家が長期で資産運用する場合の運用利回りは精々3%強くらいが平均的な期待値である…ということになるんでしょうか。
次回のまとめを楽しみにしています。
素晴らしいご検討ありがとうございました。
ファンドの海管理人(イーノ) (2008/12/26 0:16:35)
おお! この幕引きのタイミングで羊雲さん登場とは感動的ですね。ねぎらいの言葉、ありがたくいただきます。僕こそ、こんな面白いテーマに巡り会えて大変感謝してます。
おっしゃるとおり、リスクの高いものは長期保有しても報われない可能性が高いというのが、一応の結論ですね。本当はどのくらいのリターンがもっとも起こりやすいのか計算で求めたかったのですが、そこにはいたりませんでした。けれどもご指摘のように、リスクを頑張って減らしてもせいぜい3%行けば御の字っぽいですね。夢のない話ですが。
それでも僕たちには長期投資が最も良い選択だ、という考えには変わりありません。ただしその現実はそれなりに厳しいということが分かって良かったと思います。
まだまだこのテーマは調べたりません。いくらでも続けたいのですが、ほかのことも書きたくなってきたし、読むほうも大変だと思うので、ひとまずここで区切りをつけて、また少しいろいろ勉強してからまたこのテーマに戻ってきたいと思います。今後ともどうぞよろしくおねがいします。
やすとも (2008/12/26 1:22:37)
イーノさん、こんばんわ。
見事に落とされてしまいました。
分散投資の分布は確かにきれいですね。リスク(分散)が少ない分、より少ないサンプル数でも表現できているだと思います。
今回のシミュレーションが現実とはちょっとずれているようなのが気になりますが、分散投資をしてリスクを減らすのが重要な点は変わりないと思います。
まだ最終回ではありませんが、シミュレーションありがとうございました。そして、今後も期待しています。
ファンドの海管理人(イーノ) (2008/12/26 10:25:52)
やすともさん、こんにちは。
分散投資によるリスク低減がこれだけきれいにハマるとは僕も想定していませんでした。偶然ではありますが、きれいにオチた感じでよかったなあと思います。リスクはあなどれないですね。今後もぜひご愛読ください!
目にはうろこ (2008/12/26 17:19:51)
管理人様
今回のシミュレーションの成果はありがとうございました。毎回読みながら大変勉強になりました。疑問に対する真摯な態度は、下手なマネー雑誌など比べるべくもありませんね。グッドジョブ!を超えて、スパーブ・ジョブ!です。
山崎のアニキの新しい本によりますと、日本株と海外株を4対6で持つのが超簡単マネー術とのことですが、そうするとリスクが16.53%にもなってしまいます。
ここのあたりどのように解釈したら良いのか、インデックス投資ナイトで是非熱い議論をしていただきたいと思います。
私は残念ながら首都圏にいないので、イベントに参加できません。でもきっと管理人様を始めとするインデックスブロガーの方々が詳細な記録をアップして、市井のインデックス投資家のレベルアップに役立てていただけると確信しています。
ファンドの海管理人(イーノ) (2008/12/27 22:41:10)
目はうろこさん、こんばんは。こんなややこしい議論にお付き合いいただき、お褒めの言葉までいただいてしまって、ありがとうございます。
山崎さんにはぜひリスクとリターンの話、聞いてみたいですが、ああいった場であんまり込み入った話をするとお客さんに伝わりにくそうなので、裏でこっそり聞ければいいなあ、と思っています。なにか分かったらブログに書きますね。
鈴木由文(仮名) (2008/12/30 11:48:48)
イーノさん、今シリーズは力作でした。すばらしい。
イーノさんが「ついてきてますか」と問われたとき、「ついて行きますとも」と独り言を言いながらも、実際は時間がないのでリーダーから他のインデックスブロガーのエントリをひとつ、ふたつと落としました。ようやくそれらを戻すことができそうです。
長期保有で元本割れする確率は、ファンド会社などがデータで示しているものとかなり違うようですね。大抵株式インデックスは8年程度の保有で元本割れする確率はほぼなくなるような図表でしたから。この辺は自分でも調べてみたいと思います。
このエントリでさらに気になったのは、リターンとリスクがどのような関係にあれば、長期保有にしたがって中央値が増加していくかの数値めやすがあるのでは? ということですね。計算式は難しくとも、表は作れるのではないかと思いますので、そのうち時間があればやってみたいところです。
ともかく、お疲れさまでした。
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