2009年06月13日

連載:リスク資産の複利確率(22)~最も重要な公式、N年後の確率分布を求める式を記す

リスクのある金融商品を10年保有したら、そのリターンとリスクはどうなるのか、前回はシミュレーションを組み立ててグラフを描いてみました。今回はそこから式を求めてみます。

その前に、前回のグラフを見てみましょう。赤い線は1年目、水色の線が10年目です。1年ごとにグラフを描いています。

Exp_graph04

ざっくり見ると、年を追うごとに山が低くなりばらつきが広がっていくことが分かります。分かることを箇条書きにしてみます。

- 1年目は山が高く、結果が集中しているが、年を追うごとに山が低く、すそ野が広がっているため、結果がばらついていくことが分かる。
- 10年目は、右になだらかに広がっているので大きく儲けたケースが増えている
- 一方で10年目のピークが左にある。つまり、このあたりの結果になる人が多いようだ

しかしグラフから読み取るだけだとあいまいです。そこで、10年後のグラフの形を式として求めてみれば、もっと正確なところが読み取れます。

これまでやってきた連載の材料を総動員すると、式を求めることができるはずです。前回の「新しいシミュレーションを試してみる」を振り返りつつ進みます。

まず、期待リターンが5%、リスクが30%の金融商品を想定し、前提として金融商品の価格は「連続複利年率の収益率が正規分布する」としたとき、1年後の価格は次の式で表せました。

1年後の価格 = 元本 × e正規分布(平均μ,標準偏差σ)

これを元に、10年後の価格を求める式はこうなりました。

10年後の価格 = 元本 × e正規分布(平均μ,標準偏差σ) × e正規分布(平均μ,標準偏差σ) … × e正規分布(平均μ,標準偏差σ)

要するに元本に e正規分布(平均μ,標準偏差σ)を10回掛けたわけです。

ところで、べき乗同士のかけ算は、次のようにべき乗の数同士の足し算になりますよね。

23 × 22 = 23+2 = 25 = 32

ってことは、さきほどの10年後の価格も次のような式になりますよね。正規分布を10回足すことになるわけです。

10年後の価格 = 元本 × e正規分布(平均μ,標準偏差σ) + 正規分布(平均μ,標準偏差σ) … + 正規分布(平均μ,標準偏差σ)

正規分布の足し算は、ベムさんがシミューレションしたときに使った方法です。詳細は省きますが、ベムさんのシミュレーションでも分かるように、次が成り立ちます。

正規分布(μ,σ)を10回足すと、正規分布(μ×10,σ×√10)になる。

です。僕が知る限り。そしてこの公式を、先ほどの10年後の金融商品の価格に反映させると、次のようになるはずです。

10年後の価格 = e正規分布(μ×10, σ×√10)

この式が描く対数正規分布のグラフは、シミュレーションで求めた10年後の金融商品の価格分布を示すグラフと一致するはず、なのです。

念のため、前回行ったシミュレーションの結果と比べてみましょう。

前回行ったシミュレーションによる10年後の結果の平均と標準偏差は以下でした。


シミュレーションによる10年後の平均と標準偏差
平均 = 1.618678
標準偏差 = 1.7350467

つまり、10年間この金融商品を保有すると、期待リターンは(平均から1を引いて)62%、リスクは173%だとシミュレーションされました。ちなみに62%というのは、5%の10年複利である62.889%にほぼ一致しますね。

この値が、式によって求められる平均と標準偏差と一致しているかどうか確認してみます。式による平均と標準偏差は次のように求められます。

まずは、10年後の価格(の分布)を求める式。

10年後の価格 = e正規分布(μ×10, σ×√10)

で、μとσは、金融商品の期待リターンm、リスクsを元に、次の式で求められます。これは正規分布の平均と標準偏差から、対数正規分布の平均と標準偏差へと変換するための式です(正確にはmは期待リターン+1とする。期待リターンが5%のとき、mは105%)。


平均μ = LN(m)-LN((s/m)^2+1)/2
標準偏差σ = SQRT(LN((s/m)^2+1))

上記で求めた10年後のべき数部分の正規分布の期待リターン(μ×10)とリスク(σ×√10)を、それぞれμ1とσ1と置いて、こんどは対数正規分布の平均と標準偏差から、正規分布の平均μ2と標準偏差σ2へと変換する式にいれます。さっきと逆の式ですね。これもこういう公式がある、ということで、なぜ変換できるかは僕に聞かないでください。

対数正規分布 e正規分布(μ11を正規分布としてみたときの平均μ2と標準偏差σ2を求める式


平均μ2 = EXP(μ1+(σ1^2)/2)
標準偏差σ2 = SQRT(EXP((2*μ1)+σ1^2)*(EXP(σ1^2)-1))

これで求められた10年後の平均と標準偏差は以下です。


計算による10年後の平均と標準偏差
平均 = 1.62889
標準偏差 = 1.77285

標準偏差にやや違いがあるといえなくもないですが、この程度ならおおむね計算とシミュレーションは一致していると言っていいのではないでしょうか。また、平均が1.62889というのは(つまり1を引いて62.889%)、5%の10年複利である62.889%と一致していますので、やはり計算はあっていそうです。

前回に続いてあっさりとすすめてきましたが、式によって10年後の金融商品の平均と標準偏差まですっかり計算できるようになりました。

ということで。パンパカパーン!

この式が、僕のこれまでの連載のすべてを凝縮した式です。ここからいろいろなことが導き出せるはずなのですが、それはまた次回から書くとして、とにかく僕が求め続けてきたものがすべてこの式に含まれています。とてもとても大事な式だと思うので、ここに改めて書きます。

ある金融商品の(年利ベースの)期待リターンとリスクが分かっている。そして、リスクのある金融商品の連続複利率の収益率が正規分布するとき、以下の式が成り立つ。

N年後の価格(分布) = e正規分布(μ×N、σ×√N)

μとσは、金融商品の(期待リターン+1)をm、リスクをsとした以下の式を用いて求める。


平均μ = LN(m)-LN((s/m)^2+1)/2
標準偏差σ = SQRT(LN((s/m)^2+1))

また、N年後のべき数部分の正規分布の平均(μ×N)をμ1、標準偏差(σ×√N)をσ1と置いたとき、以下の式により、N年後の金融商品の(正規分布としてみたときの)期待リターンμ2とリスクσ2を求めることができる。


平均μ2 = EXP(μ1+(σ1^2)/2)
標準偏差σ2 = SQRT(EXP((2*μ1)+σ1^2)*(EXP(σ1^2)-1))

これが僕が追い求めてきた答えの詰まった公式です。僕なりに精一杯確からしさを積み上げてここまでやってきました。この式が合っていることを祈ります。ここがこの連載の最終回でもいいくらいです。なにはともあれ、ひとまず今日はここまで。

でも読者のみなさんは公式よりも、ここから何が導き出せるのか、のほうに興味があると思います。次回からはそれらについて、モード、中央値、平均、そしてこの式を正規分布としてみたときの平均(期待リターン)と標準偏差(リスク)などを求めて、それらの意味する点について考えていくつもりです。

どこまでつづくのかこの連載! たぶんあと4~5回だと思います。

それにしても、この公式って見たことなかったですよね? 大事ですよね? 連続複利率の収益率が正規分布するという前提があるとしたとき、これこそ長期投資家にとって知りたかった公式だと思いませんか?

この連載のバックナンバー
早くも帰ってきた! 連載:リスク資産の複利確率(1)~ 連載の目的と前提
連載:リスク資産の複利確率(2)~ 参考書に載っている計算式
連載:リスク資産の複利確率(3)~ リターンとリスクのグラフ化
連載:リスク資産の複利確率(4)~ 収益率が正規分布に従うということ
連載:リスク資産の複利確率(5)~ 正規分布なシミュレーションの設計
連載:リスク資産の複利確率(6)~ 正規分布なシミュレーションをExcelで実行
連載:リスク資産の複利確率(7)~ 食い違う計算結果とシミュレーション結果の「謎」
連載:リスク資産の複利確率(8)~ 謎を解くカギは「B方式」にあるらしい
連載:リスク資産の複利確率(9)~収益率の変化をシミュレーションするという
連載:リスク資産の複利確率(10)~どうして収益率を足しているのだろう?
連載:リスク資産の複利確率(11)~連続複利とは? 無限に連続する複利の金利を求める
連載:リスク資産の複利確率(12)~連続複利を計算してみた
連載:リスク資産の複利確率(13)~連続複利の世界では掛け算が足し算になる!
連載:リスク資産の複利確率(14)~ 収益率を連続複利だと想定したシミュレーション
連載:リスク資産の複利確率(15)~ もういちどこの連載の目的を確認する
連載:リスク資産の複利確率(16)~新たな考え方でシミュレーションを作ることにした
連載:リスク資産の複利確率(17)~シミュレーションのために連続複利年率を求める
連載:リスク資産の複利確率(18)~連続複利年率のリスクの求め方のはずが、どんでん返しに!
連載:リスク資産の複利確率(19)~シミュレーションのための連続複利年率とリスクの求め方とは?
連載:リスク資産の複利確率(20)~シミュレーションの作り直し3度目の正直
連載:リスク資産の複利確率(21)~新しいシミュレーションを試してみる
連載:リスク資産の複利確率(22)~最も重要な公式、N年後の確率分布を求める式を記す
連載:リスク資産の複利確率(23)~複利で増える可能性は明らかに半数未満である
連載:リスク資産の複利確率(24)~リスクは結果のバラつきだけでなく、やはり危険度を表している
連載:リスク資産の複利確率(25)~期待リターンに対して、これ以上とってはいけないというリスクの上限がある
連載:リスク資産の複利確率(26)~長期投資で儲かる確率が上昇するかどうかは、リスクの大きさがカギ
連載:リスク資産の複利確率(27)~これが合理的なリスクの取り方ではないのか!
連載:リスク資産の複利確率(28)~最終回「総集編」

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矢尾ちゃん (2009/06/14 17:27:55)

はじめまして。毎回新しい記事が出るのを楽しみに読ませていただいております。

今回、やっと目指していた公式が出てきてホット一息なのですが、一つだけご教授いただきたい点があります。
それは、対数正規分布の係数なのですが、確率『密度』関数なので、変数の変換に際して対数の微分がかかり、具体的には変数である株価で割ったものが掛かってくるかと思います。この係数に関しては以下のページでも同様な議論がされています。
http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/taygeta/statistics.cgi
のNo.9963。

イーノ様のシミュレーションは、この係数のかかったものとかかっていないもの、どちらに近い結果が出たでしょうか?
お教えいただけると幸いです。

また、私のホームページでも簡単にまとめてみましたのでごらんいただけると幸いです。
(勝手ながらファンドの海さんのページにリンクを張らせていただきました)
では。

ファンドの海管理人(イーノ) (2009/06/14 18:25:11)

矢尾ちゃんさん。はじめまして。ご愛読ありがとうございます! 係数の件、どうなんでしょうか...まだそこまで計算していないのですが、前回のシミュレーションのExcelシートは、記事の最後で公開していますので、ご確認いただけると幸いです。
http://www.fund-no-umi.com/blog/2009/06/21-48fd.html
で、矢尾ちゃんさんの記事、拝見しました。とても充実していらっしゃいますね。逆にぜひ教えてほしいのですが、データとして使われている「年金積立金管理運用独立行政法人が公表している数値」のリスクとリターンは、年利ベース、連続複利ベース、どちらで見ていらっしゃいますか? ぜひ教えてください。あと、僕もフロンティア曲線のツールを公開しているので、もしよろしければごらんください。
http://guide.fund-no-umi.com/tools/aa.html
このツールは、年金積立機構の数字を年利のまま四則演算で計算しているので、そちらのページを拝見して、もし違っているようなら修正しなければ、と思っているのです。あるいは、このデータが連続複利ベースなら、最後の表示は年利にしたいので、eのべき数にしたほうがいいのかな、とも思います。
あんまり参考になる返事でなくてすいません。よろしくおねがいします。

矢尾ちゃん (2009/06/15 0:21:59)

イーノ様。

自分も100%の自信はないのですが、年金積立金管理運用独立行政法人の数値は年利ベースなのではないかと思っております。その根拠は、例えば第6回運用委員会の資料1内の用語集などを見ると、収益率の定義は全て年利ベースで行われており、四半期運用状況もこれに基づき報告されているようだからです。以下からたどれます。
http://www.gpif.go.jp/kanri/kanri02.html
私のページで公開しているツールもその前提で作られています。

それと、イーノさんのツール、もちろん存じ上げております!私のホームページのエクセルツールも、公開前に検算の一環として、イーノさんのツールとリスクリターンの計算結果が同じ答えになることを確認させていただきましたので…

また、対数正規分布の式の係数とシミュレーション結果についてですが、イーノさんの結果と照らし合わせて、改めてご報告申し上げます。

最後に、イーノさんが書かれている、「この公式って見たことなかったですよね?」は、同感です。N年後の価格確率分布が対数正規分布になるって言う記述はあったりするのですが、具体的な式は見かけません。あったとしてもなぜか難しいブラックショールズとからめて説明してあったり。私の勉強不足かもしれませんが、なぜ教科書に載ってないんでしょうか。

長くなり恐縮ですが、よろしくお願いいたします。

矢尾ちゃん (2009/06/15 23:12:12)

イーノ様
度々書き込みをしてしまい恐縮です。
イーノ様のシミュレーションと解析的表式の比較をしてみました。結果的には完全に一致しているようです。

詳しくは以下をご覧いただいて、批評をいただけると幸いです。
http://yaochansoft.web.fc2.com/invest_theory.htm#fund-no-umi

今後ともよろしくお願いいたします。

ファンドの海管理人(イーノ) (2009/06/16 0:47:47)

矢尾ちゃんさん、確認ありがとうございます。そしてコメントありがとうございます!
シミュレーションと式が一致したとのこと、よかったです。また、僕のアセットアロケーション分析で検算されたなんて、お役に立てて良かったのと、検算に使われて結果が一致したということで、あのツール自体の検算にもなったことは嬉しいです(世の中に似たツールがほとんどないので検算しようがなかったのです)。ありがとうございます。

そして、記事のほうも拝見しました。実はちょうど次回、式からグラフを描いて、いくつかのリターン/リスクのパターンを参照していくつもりだったので、とても参考になりました(というか、式、使わせてもらいます!)。ありがとうございます。
次回か次々回で書くつもりなのですが、リスクがリターンの二乗以下に抑えられれば、基本は右方向に最頻値が移動していくんですよね。その分かれ目が大事なポイントなのかなと思いました(まあ、リスクが二乗を超えるようなものは滅多にありませんが)。いずれにせよ、こうしてグラフを見ると、リスクを抑えられるかどうかは、単にボラティリティを抑えるだけでなく、(確率でみれば)リターンに貢献するということが分かります。これもとても大事なことだと思いました。
では、今後ともどうぞよろしくおねがいします!



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