2009年06月21日

連載:リスク資産の複利確率(23)~複利で増える可能性は明らかに半数未満である

ついに、リスクのある金融資産の期待リターンとリスクが分かれば、自動的に数年後のリターンとリスクも計算できるという公式を前回明らかにしました! 今回はその公式から、長期投資家にとって残念な結果を導き出してしまいますorz。

今回は、結論を先に書いておきます。

結論:よくみかける、「長期でみれば、リスクのある金融商品は複利で増えることが期待できる」という説明は誤りです

さて、前回のエントリ「最も重要な公式、N年後の確率分布を求める式を記す」で書いた公式(の前半)は、このようなものでした。

ある金融商品の期待リターンとリスクが分かっている(期待リターンは年率)。そして、リスクのある金融商品の連続複利率の収益率が正規分布するとき、以下の式が成り立つ。

N年後の価格(分布) = e正規分布(μ×N、σ×√N)

μとσは、金融商品の(期待リターン+1)をm、リスクをsとした以下の式を用いて求める。


平均μ = LN(m)-LN((s/m)^2+1)/2
標準偏差σ = SQRT(LN((s/m)^2+1))

ここで重要なのは、この公式の中核となるこの式です。

N年後の価格(分布) = e正規分布(μ×N、σ×√N)

この公式によれば、どんな金融商品の何年後の価格分布でも、e正規分布(μ×N、σ×√N)で表せる、ということになります。それはつまり、どんな金融商品の何年後の価格分布でも、グラフの形が対数正規分布になる、ということなんですね。

対数正規分布のグラフって、どんなグラフでしたっけ? こんなグラフでした。

Lognorm_graph01

左右非対称で、右方向になだらかに広がるグラフになっています。これが対数正規分布の形です。そして、対数正規分布には、最頻値、中央値、平均値の3つの値の関係にも特徴があります。

最頻値:もっとも起こりやすい値
中央値:全体のなかの中心に位置する値(中位数ともいいます)
平均値:全体の平均値

そして対数正規分布では必ず最頻値<中央値<平均値、になります。例外はありません。

そしてここで中央値の位置を見てください。中央値というのはちょうど真ん中にある数ですので、グラフではここの右側と左側の確率がちょうど50%ずつになるんですね。

それからもう1つ。平均値というのは、期待リターンの複利に等しい値です。期待リターンが5%の金融商品ならば、1年目の期待リターンは5%、2年目の期待リターンは5%の複利で10.25%、3年目の期待リターンは15.7625%、という感じで増えていきます。

投資家としては、リスク商品であっても、長期で見れば自分の資産が期待リターンの複利で増えることを期待しますよね?

ところが、対数正規分布の正確によると、残念ながらその期待は裏切られてしまうようです。

対数正規分布では最頻値<中央値<平均値、でしたよね? ということはどういうことでしょう? 平均値が中央値よりも大きい、ということは、リスクのある金融商品にとって、平均値を超える確率は50%以下だ! ということです。

リスクのある金融商品を保有する投資家にとって、複利かそれ以上でで増える可能性は半数以下なのです。

ただし少数の投資家はすごく儲かる可能性があります。そうしたすごく儲かる可能性も含めた投資家も含めて全体で見ると、中央値よりも平均値が上になる、ということです。

これは例えば、100本用意された1等100万円の宝くじに似ています。この宝くじは1人だけが100万円を受け取り、99人は何も受け取れません。

しかしこの宝くじ、はずれも含めた100本に対して100万円の賞金が用意されているのですから平均値は1万円です。「この宝くじ、1本あたりの期待リターンは1万円なんです!」と言って売ることができます。うそじゃありませんよね。

でも、実際には100人中99人はハズレ。わずか1人の100万円当選者によって、平均値が高くつり上がっているのです。

よく「○%複利だと、△年でこれだけ増える!」という説明があります。僕もそういったツール(積立と複利計算)を以前作りました。でも、それが成り立つのは定期預金のように金利が確定している金融商品だけです。リスクのある金融商品の場合、長期では複利もしくはそれ以上で増える確率は半数以下です。

繰り返しますが、リスクのある金融商品の連続複利率の収益率が正規分布する、という前提では、よくみかける「長期でみれば、リスクのある金融商品は複利で増えることが期待できる」という説明は誤りです

ああ! これがこの連載タイトルでもあった「リスク資産の複利確率」であります! それが連載23回目にしてようやく明らかになりました。前回、今回、次回くらいが連載のクライマックスになりそうです。

次回は、もう少し期待リターンとリスクが、それぞれ長期投資の期待リターンにどのような影響を及ぼすかについて見ていきます。それから、もし対数正規分布の中位数(メディアン)の求め方を数式で説明できる資料があったら教えてください。いま探しているところなのです。

この連載のバックナンバー
早くも帰ってきた! 連載:リスク資産の複利確率(1)~ 連載の目的と前提
連載:リスク資産の複利確率(2)~ 参考書に載っている計算式
連載:リスク資産の複利確率(3)~ リターンとリスクのグラフ化
連載:リスク資産の複利確率(4)~ 収益率が正規分布に従うということ
連載:リスク資産の複利確率(5)~ 正規分布なシミュレーションの設計
連載:リスク資産の複利確率(6)~ 正規分布なシミュレーションをExcelで実行
連載:リスク資産の複利確率(7)~ 食い違う計算結果とシミュレーション結果の「謎」
連載:リスク資産の複利確率(8)~ 謎を解くカギは「B方式」にあるらしい
連載:リスク資産の複利確率(9)~収益率の変化をシミュレーションするという
連載:リスク資産の複利確率(10)~どうして収益率を足しているのだろう?
連載:リスク資産の複利確率(11)~連続複利とは? 無限に連続する複利の金利を求める
連載:リスク資産の複利確率(12)~連続複利を計算してみた
連載:リスク資産の複利確率(13)~連続複利の世界では掛け算が足し算になる!
連載:リスク資産の複利確率(14)~ 収益率を連続複利だと想定したシミュレーション
連載:リスク資産の複利確率(15)~ もういちどこの連載の目的を確認する
連載:リスク資産の複利確率(16)~新たな考え方でシミュレーションを作ることにした
連載:リスク資産の複利確率(17)~シミュレーションのために連続複利年率を求める
連載:リスク資産の複利確率(18)~連続複利年率のリスクの求め方のはずが、どんでん返しに!
連載:リスク資産の複利確率(19)~シミュレーションのための連続複利年率とリスクの求め方とは?
連載:リスク資産の複利確率(20)~シミュレーションの作り直し3度目の正直
連載:リスク資産の複利確率(21)~新しいシミュレーションを試してみる
連載:リスク資産の複利確率(22)~最も重要な公式、N年後の確率分布を求める式を記す
連載:リスク資産の複利確率(23)~複利で増える可能性は明らかに半数未満である
連載:リスク資産の複利確率(24)~リスクは結果のバラつきだけでなく、やはり危険度を表している
連載:リスク資産の複利確率(25)~期待リターンに対して、これ以上とってはいけないというリスクの上限がある
連載:リスク資産の複利確率(26)~長期投資で儲かる確率が上昇するかどうかは、リスクの大きさがカギ
連載:リスク資産の複利確率(27)~これが合理的なリスクの取り方ではないのか!
連載:リスク資産の複利確率(28)~最終回「総集編」

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リスク資産への長期投資は一概に有利とはいえない理由 [Site.M from 新所沢から]

預金王 (2009/06/21 21:04:14)

すばらしい^^
その通り!です。

株式評論家では山〇元さんくらいですからね~
こういうこと(売り手に不利な、しかし正しい情報)をいえるのは・・

ですから分配金にこだわる(あり・なし、いずれも)のも誤りです。税金という意味ではない方がいいし、下降する場合(利確という意味で)ありの方がいいです。

国債は単利なので、同じ条件なら、複利の預金の方が有利!無分配だからといって成績の悪さをゴマカス(その分、配当が入らないのだから・・)投信はいけませんねえ^^;

アルビレオ (2009/06/21 21:33:39)

グラフを作る元になる数字があれば中央値を出すのは簡単です。
分布図のグラフで山の高さを全部足して、それをサンプル数で割れば必ず1.0になりますよね。
グラフの左端から順番に足した累積値のグラフを作って、それが0.5になった位置が中央値です。
一般化した数式にするのは、もっと詳しい人に任せます(笑)

ファンドの海管理人(イーノ) (2009/06/22 1:26:15)

預金王さん、こんにちは。ご賛同ありがとうございます。ただそれでも僕は長期投資の意義はあると思いますし、いまの預金金利を考えると低すぎますから、長期ではやはりリスク資産に投資する方が(複利では増えなくとも)有利だと思ってます。その辺もどういうリターン・リスクなら預金より有利かなど計算できたらいいなと思っていますが、できるかどうか。

アルビレオさん、こんにちは。データがあるときのは分かっています:-)。ご指摘の方法で式から近似値を求める方法もあるんですが、もっとうまい方法がないか、こんど図書館にでも行って調べるつもりです。

ファンドの海管理人(イーノ) (2009/06/22 23:58:22)

セルフコメント。中央値って単にe^μなんじゃないかと思い始めてます。

預金王 (2009/06/23 13:16:09)

だいぶ、他のブログを荒らしてしまったようですね^^;;
ただ、損をしている人が多いのも事実だし、程よく投資と付き合っていければいいかなと思っています。

>どういうリターン・リスクなら預金より有利かなど計算できたらいいなと思っています

これはぜひ私も研究していきたいと思っています!今のところわかっているのは、世界株式のリターンが比較的高い。日本株式は明らかに債券に対してリターンが低い・・
為替のリターンはゼロサムである。

過去の結果は修正されていきますが、人々の心理を考えると、あまり過激な運用はナンセンスかな?と考えています^^

ケンイチ (2009/06/27 20:37:50)

イーノ・ジュンイチへ、はじめましてこんにちは。今回初めて、こちらのサイトにお邪魔させていただきました。これから本格的にブログとサイトを展開しようと思っているのですが、これほどまでに親切で分かりやすく解説されている個人サイトがあるという事実に度肝を抜かれています。今後とも宜しくおねがいします。
ありがとうございました。

徳毛 (2013/10/28 7:22:05)

N年後の価格(分布) = e^正規分布(μ×N、σ×√N)は
「対数正規分布」ではなく、「0次対数正規分布」の一種なので、最頻値がμ に等しく、σ に依存しないと思われるのですが、いかがでしょうか?

徳毛 (2013/10/29 7:13:30)

10%増えて10%減れば1.1x0.9=0.99で1%減ります。最頻値・中央値が平均値を下回るということはおそらく正しいです。

N年後の価格を表す式が間違ってると思われます。対数正規分布であらわされるはず。

松柏楽 (2015/09/09 0:20:15)

貴ブログで連続複利年率の収益率の正規分布を興味深く拝見させて頂きました。
今回で無分配の場合と毎月分配の場合のIRRの計算を貴殿計算式を用いてさせて頂きましたので、拙ブログに投稿したいと思ってます。
よろしくお願いいたします。
もし、問題があるようなら連絡下さい。

名無し (2015/10/26 18:33:53)

>ところが、対数正規分布の正確によると
☓ 正確
○ 性格

でしょうか。今更ですが。

それはそれとして、この連載は時々読み返させて頂いています。とても助かります。ありがとうございます。



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