2009年07月11日
連載:リスク資産の複利確率(25)~期待リターンに対して、これ以上とってはいけないというリスクの上限がある
前回、期待リターンが同じでもリスクの大きさが変わることで、長期投資の結果が上昇しやすくなるのか、それともそれほど上昇せずに終わるのか、はっきりと確率が変わることを、グラフのピークの位置が変わることで視覚的にみてきました。
どうやら長期投資では、「リスクが高まると、損する確率が高まり、儲かる確率は低まる。ただし儲かった場合の儲けはでかくなるため、期待値は高まっていく」ということが分かりました。
今回はそれをもう少し詳しくみていくことにしましょう。高いリターンを得るには多少なりともリスクをとらなければなりません。リスクをとりたくないなら定期預金の金利で我慢するしかありません。
しかしリターンを得るためにリスクをとりすぎると、前述のように損する確率が高まっていきます。ある期待リターンに対してどれくらいのリスクがバランスのいい感じなのでしょうか?
■グラフのピークは、どれくらいのリスク/リターンで右遷移となるか?
前回のグラフを再確認しましょう。
まず、期待リターン5%、リスク30%のグラフを数式で求めて描いてみました。シミュレーションとほとんど同じであることがわかります。
期待リターン5%、リスク30%のグラフ。年を追うごとにピークが左へ移動しています。すなわち、いちばん起きやすい確率が、どんどん損をすることになっているわけです。そして年を追うごとに損の大きさが増えています。
続いて期待リターンは5%のまま、リスクを20%にしてみます。すると、ピークがほとんど動かなくなりました。つまり、いちばん起きやすいのは元本のままほとんど変わらない、ということになります。
そして期待リターンは同じく5%のまま、リスクを10%にしたところ、ピークは右へ移動するようになりました。つまりいちばん起こりやすいのは、資産を増やすことだ、ということになります。
同じリターンなのに、リスクが低くなればピークが右へ移動し、儲かる可能性がより高まるようにみえます。
このピークはつまり、もっとも起こりやすい、僕たち投資家にとってもっとも起こりうる確率の高いリターンの位置を示しています。
このピークが左へ移動するということは、つまり時間がたてばたつほど、「もっとも起きやすいのが損をすることである」、という損の大きさがどんどん増えていくことを意味しているわけですね。ですから、安心して長期投資するには、何はともあれこのピークが右方向へ移動するように、つまり「もっとも起きやすいのが儲かることである」という状態にしておきたいですよね。
では、どのくらいリスクを低くすれば、このピークは右方向へ、つまり儲かる方向へと動くようになるのでしょうか? 数学的に求めてみます。
この連載の前提として、金融工学の前提として一般的に考えられている「リスクのある金融商品の連続複利率の収益率が正規分布する」としたとき、その金融製品に投資したときの確率分布は対数正規分布として求められました。
そこで、対数正規分布の3つの点について確認しておきましょう。
対数正規分布のグラフには3つの点があることは以前にも紹介しました。「モード(最頻値)」と、「メディアン(中央値もしくは中位数)」と「ミーンもしくはアベレージ(平均値もしくは期待値)」です。
そして対数正規分布の期待値と標準偏差がそれぞれμ、σで与えられたとき、対数正規分布は次の式で表せることも何度か紹介しました。
対数正規分布=e正規分布(μ,σ)
この対数正規分布の最頻値、中央値、平均値は、やはりμとσが与えられたときに以下の式で表すことができます。これは公式なので僕は証明とかできないのですが、まあそんなもんだと思ってください。
最頻値 = e(μ-σ^2)
中央値 = eμ
平均値 = eμ+(σ^2)/2
この3つのうち最頻値がグラフのピークの位置を表しています。ですから、1年目のピークの位置、2年目のピークの位置、と計算していくとどうなるかを考えてみましょう。
1年目の最頻値、すなわちピークの位置は公式どおりですね。
1年目の最頻値 = e(μ-σ^2)
2年目の最頻値はどう計算すればいいんでしょうか。N年目のリターンμとリスクσの関係は以前の記事「連載:リスク資産の複利確率(22)~最も重要な公式、N年後の確率分布を求める式を記す」で、以下で表せることが分かっています。
N年後の価格(分布) = e正規分布(μ×N、σ×√N)
ってことは、N年後のμは(μ×N)だし、N年後のσは(σ×√N)ですね。じゃあ、最頻値はこうですよね。
N年目の最頻値 = e((μ×N)-(σ×√N)^2)
だから2年目の最頻値はこうですね。
2年目の最頻値 = e(2μ-(σ×√2)^2)
= e(2μ-(σ^2)×2)
= e2×(μ-σ^2)
N年後の最頻値は、この式で求められそうです。
N年目の最頻値 = eN×(μ-σ^2)
最頻値が毎年右へ移動するためには、このNが増えるごとにeN×(μ-σ^2)が増えていく必要があるのですね。
念のため思い出しておくと、べき乗の数には次のような性質がありましたよね? Nを任意の数として。
N3=N×N×N
N2=N×N
N1=N
N0=1
N-1=1/N
N-2=1/(N×N)
これを踏まえて、Nが増えるごとにeN×(μ-σ^2)が増えるには、(μ-σ^2)が0より大きければ、Nが増えるごとに正の数として大きくなっていきます。
つまり、年を追うごとにピークが右方向に移動するためには、(μ-σ^2)が0より大きければ大きいほどいい。ということになります。
では、具体的にはどのようなリターンとリスクだと、(μ-σ^2)がプラスになるのでしょう? まず、期待リターンとリスクからμとσを求めるのは、以前のエントリ「連載:リスク資産の複利確率(22)~最も重要な公式、N年後の確率分布を求める式を記す」から、以下の式で求められることが分かっています。
平均μ = LN(m)-LN((s/m)^2+1)/2
標準偏差σ = SQRT(LN((s/m)^2+1))
期待リターン5%、リスク30%だと、以下のようになります。
μ=0.00955
σ=0.28012
μ-σ^2= -0.068917
μ-σ^2がマイナスになってしまっているので、ピークは年を追うごとに左へ、つまりどんどん損する可能性が高くなるのが分かります。
これが期待リターン5%、リスク20%だと、
μ-σ^2= -0.0046676
と、ぐっとゼロに近づくため、ピークの位置はほぼ動きません。
そして期待リターン5%、リスク10%だと、
μ-σ^2= 0.0352460
とプラスになり、年を追うごとにピークが右方向へ移動するのが分かると思います。つまり、このエントリの最初の方で並べた3つのグラフのピークの動きは、こうした期待リターンとリスクの関係を示しているわけです。
で、この期待リターンとリスクの関係をグラフで表してみました。
このグラフを見ると、期待リターンが1%のときはリスクは8%以下、期待リターンが2%のときはリスクは12%以下、期待リターンが3%のときはリスクは14%以下に抑えないと、年を追うごとにピークが左方向、すなわちどんどん、もっとも起きやすいのが大損することである、という方向へ向いてしまうことが分かります。
同じリターンであれば、リスクはもちろん低い方がいいわけです。そしてこのグラフから分かるのは、「あるリターンに対して、このリスクより大きいと、もっとも起きやすいのは損することになる」ということがはっきりと分かることです。
期待リターンが高いからといって、むやみに高いリスクに目をつぶったり、リスクが低いからと安心していると、それに見合わない期待リターンの低さが実は落とし穴だったり、ということにならないよう、この表をぜひ参考にしてもらいたいと思います。今回グラフを描くのに使ったエクセルのシートは、前回と同じシートとして公開しています。このシートの2枚目「sheet2」に、上記の面グラフも計算結果とグラフを含めています。
今回は最頻値を詳しく見たので、次回は平均値を詳しく見ていきたいと思います。ここにも新たな発見がありそうです。
この連載のバックナンバー
・ 早くも帰ってきた! 連載:リスク資産の複利確率(1)~ 連載の目的と前提
・ 連載:リスク資産の複利確率(2)~ 参考書に載っている計算式
・ 連載:リスク資産の複利確率(3)~ リターンとリスクのグラフ化
・ 連載:リスク資産の複利確率(4)~ 収益率が正規分布に従うということ
・ 連載:リスク資産の複利確率(5)~ 正規分布なシミュレーションの設計
・ 連載:リスク資産の複利確率(6)~ 正規分布なシミュレーションをExcelで実行
・ 連載:リスク資産の複利確率(7)~ 食い違う計算結果とシミュレーション結果の「謎」
・ 連載:リスク資産の複利確率(8)~ 謎を解くカギは「B方式」にあるらしい
・ 連載:リスク資産の複利確率(9)~収益率の変化をシミュレーションするという
・ 連載:リスク資産の複利確率(10)~どうして収益率を足しているのだろう?
・ 連載:リスク資産の複利確率(11)~連続複利とは? 無限に連続する複利の金利を求める
・ 連載:リスク資産の複利確率(12)~連続複利を計算してみた
・ 連載:リスク資産の複利確率(13)~連続複利の世界では掛け算が足し算になる!
・ 連載:リスク資産の複利確率(14)~ 収益率を連続複利だと想定したシミュレーション
・ 連載:リスク資産の複利確率(15)~ もういちどこの連載の目的を確認する
・ 連載:リスク資産の複利確率(16)~新たな考え方でシミュレーションを作ることにした
・ 連載:リスク資産の複利確率(17)~シミュレーションのために連続複利年率を求める
・ 連載:リスク資産の複利確率(18)~連続複利年率のリスクの求め方のはずが、どんでん返しに!
・ 連載:リスク資産の複利確率(19)~シミュレーションのための連続複利年率とリスクの求め方とは?
・ 連載:リスク資産の複利確率(20)~シミュレーションの作り直し3度目の正直
・ 連載:リスク資産の複利確率(21)~新しいシミュレーションを試してみる
・ 連載:リスク資産の複利確率(22)~最も重要な公式、N年後の確率分布を求める式を記す
・ 連載:リスク資産の複利確率(23)~複利で増える可能性は明らかに半数未満である
・ 連載:リスク資産の複利確率(24)~リスクは結果のバラつきだけでなく、やはり危険度を表している
・ 連載:リスク資産の複利確率(25)~期待リターンに対して、これ以上とってはいけないというリスクの上限がある
・ 連載:リスク資産の複利確率(26)~長期投資で儲かる確率が上昇するかどうかは、リスクの大きさがカギ
・ 連載:リスク資産の複利確率(27)~これが合理的なリスクの取り方ではないのか!
・ 連載:リスク資産の複利確率(28)~最終回「総集編」
[関連カテゴリ]
・ H.リスク資産の複利確率
[広告]
≫次 : 連載:リスク資産の複利確率(26)~長期投資で儲かる確率が上昇するかどうかは、リスクの大きさがカギ
≪前 : 連載:リスク資産の複利確率(24)~リスクは結果のバラつきだけでなく、やはり危険度を表している
預金王 (2009/07/12 10:05:49)
お見事です^^
GPIFが決して保守的(悪い意味で)ではないことがわかりますね。
1%程度であれば無リスク資産でほぼ確保できるので、長期金利+1%(現在値2.3%)以上をどう目指すか?
リスク拒否度が大きいKKRだと債券で元本割れが防げますが、ネット定期と税引き後では変わらなくなってしまいますね!(1~2%くらいがフリーレートかな・・)
https://www.rakuten-sec.co.jp/web/market/opinion/yamazaki/yamazaki_20090306.html
>日本の家計の資産選択を考えると(2007年末で株式は個人金融資産の11%弱だ)
日本人のリスク資産割合のインデックスを15%程度と見積もると、期待リターンは2~3%程度、リスクは5~7%くらいが平均でしょうか・・
[トラックバックURL]