2009年10月19日
金融工学は悪者じゃないよ。書籍「『金融工学』は何をしてきたか」
ふと本屋に立ち寄ったら気になるタイトルが目に入ってきました。「『金融工学は』何をしてきたか」。どうやら、これまでの金融工学の流れをざっと振り返る内容でした。新書本で手軽に読めそうだったので買って読んでみました。
本書が書かれた主な目的は、「サブプライムローン問題に端を発した金融危機から世界不況へと突入している現在、その原因を作り出したものとして金融工学が悪者になっている。しかし金融工学が悪いのではない」と弁明するためだといえます。
しかし僕は思います。本当に世の中は「金融工学悪者論」に染まっているのでしょうか? 僕にはあまりピンと来ません。金融工学は単なる道具でしかないのですから、リスク回避に使うのかリスクを拡大する道具として使うのかは人間次第。そんなの当然じゃないですか。と思っていましたが、どうやら本書を読むと僕の考えは少数派で、世の中の風向きは少々違うようなのです。
例えば、2008年のこととして本書には次のようなことが書かれています。
それからしばらくして、私の顔写真が載った新聞に、アメリカ経済学界の大御所であるポール・サミュエルソン・MIT(マサチューセッツ工科大学)教授の仰天インタビュー記事が載った。そこに記されたのは、シュレーブ教授とは一八〇度異なる見解だった。
「今回の混乱の責任は、アメリカ政府の規制緩和政策と金融工学のモンスター、もっといえば“悪魔的”フランケンシュタイン的、怪物のような金融工学にある…」
いやー、サミュエルソン教授は僕も名前を聞いたことのある大御所です。この人にこう言われたらその影響力はとても大きいでしょう。そして本書は、ある意味で日本の金融工学の、本人いわく“いまは相撲部屋の親方のような存在だが、かつては横綱を張ったこともある”という元横綱が登場して、まるまる一冊をかけたサミュエルソン教授への返答であり、と同時にバッシングを受けて風下に立っている金融工学にかかわる人たちへ贈られたエールになっています。
本書の前半は、こうした現在の金融工学に対する向かい風がどこから吹いているのか、誰が吹かせているのか、といった筆者による現状分析が書かれます。
そして後半では、サミュエルソン教授への返答の本題として、金融工学の誕生から、マイルストーンとなったいくつかの理論、平均・分散モデル、CAPM、インデックス運用などを追いながら、金融工学が追い求めてきたことを振り返る内容となっています。
僕は数式をぜんぶすっ飛ばして読みましたが、それでも(僕にとっては、ですが)金融工学のこれまでの経緯と現在位置について、いままでの本のどれよりもよく分かり、また新しい発見がありました。期待効用化最大原理がなぜ必要かも分かりましたし、CAPMについての理解も深まりました。
また、いくつか新しい発見もありました。特に大きかったのは、184ページに書いてあること。
幾何ブラウン運動とは、株の収益率が正規分布に従うという仮説である。しかしその仮説は、アンドリュー・ロー教授によって否定された。
本書では何度か「株価はランダムウォークではない」という論が紹介されていますが、特に上記の幾何ブラウン運動をはっきり否定した論文があることは知りませんでした。さっそく調べてみたところ、「Andrew Lo's Homepage」を発見。この人の論文を読んでみようと思っているのですが、いまのところ全然歯が立ちません orz。
とりとめもなく書いてしまったのでまとまりもないのですが、現状も含めて金融工学の流れを振り返るには興味深く読める一冊だと思います。
ちなみに、サイゾーで今野浩教授のインタビューが載っていました。まさにこの本のテーマについて語っているので、興味のある方はどうぞ。「金融危機を生んだ「悪の枢軸」の正体 なぜ、金融工学は叩かれたのか?」
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預金王 (2009/10/20 23:38:39)
>正規分布に従う
というのは年単位で考えることです(少なくともプロは・・)
金融工学はリスクを捉える理論ではありますが、人間の心理はコロコロ変わりますから予測不能です(例えば米国人が貯蓄に目覚めると、日本のように株価が低迷するかも)
リスクの下限を数字で示せる人は、暴落しても想定内の損出で済んでいると思います^^
ファンドの海管理人(イーノ) (2009/10/24 20:51:23)
預金王さん、こんにちは。
金融工学は、そういった非難や誤解を乗り越えて学問として成り立ってきたところがあるというのもこの本の内容の一部なので、ぜひこの本を読んでみてください。
預金王 (2009/10/29 21:42:28)
なかなか興味深かったです^^
マイロン・ショールズは少し研究したのですが、同じようなことがサブプライムショックで起こり、その直前には大量のファンドを始めとするリスク資産のミニブームのような状態でした・・
http://www.qmss.jp/prob/finance/6-ltcm.htm
>数値としての確率概念は不可能
したがって正規分布だけで確率論を示すのは非常に危険だと思います。
もっともLTCMやサブプライムがあったおかげで、投資手法を良い方向に修正できる可能性も秘めているわけですが・・
http://www.resona-gr.co.jp/resonabank/nenkin/info/yougo/u6.html#28
>ポートフォリオ・インシュアランスとは将来におけるポートフォリオの価値が、一定の値を下回らないようにする運用手法
リスクを限定させる手法は確実にありますが、リターンを確実に増大させる手法は極めて難しいですね^^;
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